-54- あれ?
「はい、じゃあここに仰向けに寝てくださいね」
目線の先にはドラマでよく見る例の丸い大きな照明。
埋め込むのは右胸の鎖骨の下辺り。
「ちょっと麻酔が痛くてズーンと来るかも知れませんが、がんばってくださいね」
そんなフォローのない言葉にももう慣れっこ。
局所麻酔は、例の硬膜外麻酔の時にやったことがある。
局所麻酔の何がアレって、痛い感覚以外は全部感覚があるってこと。あと、本当に麻酔が効いてるか自分でわからなくて、切られるまでドキドキしなきゃならないこと。
切られ具合は硬膜外麻酔のときとは比べ物にならない。まあ、あのときも相当長時間プスプスとんとんされたけども。
顔だけ布を掛けられる。
プスっ。ずーーーん。
おお。それなりに痛い。うん、麻酔効いてる気がする。
でもほんとに効いてるのかな?切っても痛くない?
「はい、じゃあ始めますねー」
ほんとに切っても大丈夫だよね?
ねえ、大丈夫だよね?
あ、大丈夫だ。
周りの話し声と、すぐ耳元で器具がカチャカチャいってるのがしっかり聞こえる。
まあ、今回はすんなり終わりそうだ。心を無にしてやり過ごそう。
「ん?」
「あれ?」
あれ?
とか、手術中聞きたくないキーワードNo.1なんですけど。
「止まらないな」
なにが?
ロマンティックが?
「あの、◯◯さん。今ポートを埋め込んだんですが、目的の血管のすぐ近くに動脈があって、かすってしまったみたいなんです。今血を止める作業をしています。ポートは埋め込めたんですが、このままだと血管がダメになってしまう可能性が高いので、大変申し訳ないんですが左側でやり直しします」
はい、やっぱり何か起こった。
ほらね、すんなり行かないんだよね。
ぐいーーーーっと右胸を先生が押している。
「こういうのはめったにないんですけどね」
二の腕のカテーテルのときも、背中の硬膜外麻酔のときも、どうも僕の血管や骨は先生達の想定の外をいくらしい。
右胸を押されながら、もう一人の先生が左胸へ麻酔イン。
右の穴にイレウス管入れながら、左の穴に胃カメラ入れて鼻が満員になったのを思い出す。あの時は麻酔などなかったが。
プスっ。ずーーーん。
カチャカチャ。
カチャカチャ。
ぐいーーーーっ。
「まだ止まらないな」
カチャカチャ。
色々丸聞こえ。
「よし、止まってきた」
「じゃあ塞ぎますね」
「こっちももう終わる」
局所麻酔。もうあんまやりたくないな。
仕切り直しの左胸はすんなり終わったらしい。
「はい、お疲れ様でした。ごめんなさいね、2倍かかってしまって。疲れたでしょう」
助手の看護師さんが僕の体を起こしながら言う。
こちらこそすいませんね。めんどくさい体で。
余計な穴1個空いちゃったのはまあ、仕方ない。
別に普通に歩けるが、帰りは車椅子に乗せられて病室へ帰った。
やれやれだぜ。