-83- 願わくば。
「歩く」という漢字は、左右の足跡の形が成り立ちらしい。
歩くといえば、僕は夕暮れ時の閑静な住宅街をのんびり歩くのが好きだ。夕御飯を作る音や匂い、窓から漏れるTVの音、子供のはしゃぐ声、お母さんの叱る声。一軒一軒の家に人の生活が感じられるあの雰囲気が好きだ。
息子が、歩いた。
たどたどしく、一歩、二歩。
一年前息子が生まれたとき、この子が歩いたら僕は号泣するかも知れないな、と思っていた。
号泣しなかった。
なんとも複雑な心境だった。
嬉しくもあり、微笑ましくもあり、不安でもあり。たぶん皆そうなんだろう。
僕が生きてきたこれまでのこと。
幼稚園、小学校、中学校、高校、浪人、大学、社会人、転職、結婚、病気。
文字にすれば平凡で、こんなもんだけど、一つ一つは果てしなく楽しく、しんどいことで一杯だった。いや、病気はしんどいだけだな…。
この世界に、この子は今足を踏み入れた。
いや、どんな人生になるかはわからない。全然違う人生かも知れない。
後悔だけはしないように。岐路に立つ度、よーく考えて。楽しいことがたくさんあるし、しんどいことも同じくらいたくさんあるだろう。
パパはいつでも相談に乗るし、君の味方だ。
願わくば、それが素敵な人生でありますように。
パパ、目一杯生きないとね。