そして新米パパは小腸がんになった。

働き盛りの30代、長男生まれて2ヶ月後、新米パパは小腸がんになった。がん患者の日常と心情を徒然なるままに綴るブログ。

-56- 食べるということ。

【胃瘻(いろう)】

腹壁を切開して胃内に管を通し、食物や水分や医薬品を流入させ投与するための処置。最近では人工的水分栄養補給法と呼ばれる。

 

 

 

1日5600円の差額ベッド代のかかる眺望抜群のベッド。

正直、眺望はどうでもよい。5600円あったら毎日焼き肉が食える。

 

退院1日前、差額ベッドのかからない部屋に移動させてくれた。1日だけでも、ありがたい。

 

移動した先の部屋は、二人部屋。

お隣のベッドはやはりおじいさんだったが、前の4人部屋のときの陽気なおじいさんズとはどうも様子が違う。

 

 

おじいさんはごく最近手術をしたらしい。

奥さんとおぼしき人が面会時間の間ずっと付いていた。

 

夫婦の会話がカーテン越しに聞こえてくる。

 

おじいさんの、奥さんに対する当たりが強い。というか、明らかに喧嘩腰だ。

 

「うるせえよ、バカ!そんぐらい分かれよ、バカ野郎!」

「そんな風に大声で言わなくたって……」

「俺はそれどころじゃねえんだよ!」

 

明らかにおじいさんはイライラしていた。

普段からそんな感じなのかどうかはわからないけど、イライラしている理由は先生がベッドに来た時の会話でわかった。

 

胃瘻の手術をしたのだ。

期間限定なのか無期限なのかは定かでないけど、話の内容から、たぶん無期限だ。

 

 

 

僕はがんになって、正確には腸閉塞になって、生まれて初めて「何も食べられない、何も飲めない」ことを経験した。

生き物として、これほど辛いことがあろうか。

当然病院にいれば点滴で栄養は摂るので死ぬことはないけど、食べ物を食べられなくて餓死する苦しみとはどれ程のものか。その片鱗を味わった。

 

ただ、僕達は生き物といえど、人間だ。ただ栄養を摂ればいい植物とは違う。

 

僕が1か月半絶飲食だったとき、ひたすら料理の写真と動画を貪り見ていた時期があった。

食べられるようになったらコレ食べよう、アレ食べに行こう。それだけが心の支え。

 

 

胃瘻をお腹に取り付ける。

もう口から料理を食べることができない

 

 

料理を口から食べられないのは、何も食べられないのと同じくらい辛いだろう。意識が元気なら、なおさらだ。

 

 

 

奥さんだけでなく、看護師さんにもキツく当たるおじいさんの声は、少し涙声に聞こえてきた。