-55- 宝物。
病室は13階。
今回は無期限の絶飲食とかいう修行僧のような縛りはないので、売店に行っても、ショーウインドゥに張り付いてトランペットを眺める少年のような感じで食べ物を見なくてもいい。
早速1階の売店へ向かうためエレベーターへ。
エレベーター内は点滴棒を持った患者さんと、お見舞いの人が2人。
途中の階でエレベーターは止まり、扉が開く。
毛糸の帽子を被り入院着を着た小学校低学年ぐらいの男の子が、お母さんと乗ってきた。
そうか、小児病棟の階か。
僕はすぐに、手術室前で僕と同じように手術を待つ子供が、看護師さんと笑顔でじゃれていた光景を思い出した。
たぶんこの子も売店に行くのだろう。お母さんに何か買ってもらう約束でもしたのかな。
毛糸の帽子の下は、恐らく抗がん剤で抜けてしまっているのだろう。
すると不意に、男の子がお母さんの足に抱きついた。
「ママー」
僕は意識せず、涙が出ていた。
この子はこの歳で、どれだけ過酷な運命を背負っているのだろうか。
その運命を、この子はどれだけ理解しているのだろうか。
なぜ自分が入院しているのか。
なぜ自分は皆と一緒に学校に通えないのか。
なぜ自分はパパとママと家で過ごすことができないのか。
まだ0歳の長男の顔が浮かぶ。
可愛い。世界で一番可愛い宝物。
このお母さんにとっても、この子は世界で一番可愛い宝物だろう。
その宝物が……………
涙が止まらなかったが、多分他の人には気づかれてはいなかったと思う。
階数を示す数字は、じれったく小さくなっていった。