-38- ただそれだけで。
トトロが住んでいそうな森がいくつも見えては流れていく。
新卒で入った会社を辞めてから、しばらく実家に引っ込んでいた時期がある(仕事は一応ずっとしてたけど)。
実家からは、最寄り駅まで歩けば1時間近くかかるし、最寄りコンビニでも歩けば15分はかかる。今住んでるところとは比べるべくもなく辺鄙もいいとこだけど、時々無性に帰りたくなる、いいところでもある。
旅行するお金がな………実家を愛して止まない僕は、特急列車に乗って、順調に辺鄙になっていく車窓を優雅に眺めて1人座っていた。
電車を降りると、独特の空気が迎えてくれる。うーん、このローカルな感じ、いいね。嫌いじゃない。
親に病院以外で会うのはほんと久しぶり。盆も正月も結局帰れていなかった。
その夜はすっごい豪華な肉を用意してくれていたので堪能した。ごめんね、肉好きの僕の奥さん。
さてさて。
翌日は父親と釣りに海へ繰り出した。
父親とは、昔こそよく釣りに行ったりたまにハイキングしたりお出かけしたもんだが、もう何年ぶりだろうか。
澄みきった青空。港の岸壁の先端に陣取って釣糸を垂らす。
釣れるかどうかは全くどうでもよかった。
病室ではない自然の中で、ただボーッとしたかった。あまり口数の多い方ではない父親と、先に大病にかかってしまった息子として、今こそ他愛のない会話をしたかった。
ただそれだけで、時間はあっという間に過ぎていった。