-31- テンションMAX。
食事時の病棟内が嫌いだった。
廊下と病室に、いい匂いが立ちこめる。各ベッドに配膳される。
「はーい、◯◯さん、お食事ですよー。」
決して僕のベッドに声が掛けられることはなかった。
「はーい、今日からお食事ですねー。ここ置きますねー。」
はい!ありがとざいますっ!
……食事だっ。
テンションはうなぎ登り。
小皿に恭しく、塩が入った小さな袋がちょこんと乗っている。これ小皿に置く必要あるか?などとは思わない。テンション上がってるから。
器が3個、全て蓋がしてある。ワクワクしながら蓋を開ける。
1個目、なんか白い液体!
2個目、なんか黄色い液体!
3個目、お茶!
以上!
テンション上がってるのでガッカリなんかするはずがない。1ヶ月半ぶりの食事。またご飯が食べられる。
ただただ、ありがたかった。
なんか白い液体は重湯。お粥の上澄みのところで、どろっとしたお湯といった感じ。
ドキドキしながらスプーンですくい、口へ運ぶ。
米だっ、米の匂いと味がするっ!
そうだ、これが米の味だ。最後に食べたのがはるか昔のことのように思える。いや、まあ正確に言えばまだ米は食べていない。米風味のお湯しか食べていない。たがそんなことはさしたる問題ではなかった。
………………。
涙が出た。ごく自然に。
自分でも驚きだ。ご飯を食べて泣くなんて。
多分、これまでの色んな感情が入り交じったのだろう。絶飲食の我慢、イレウス管の我慢、がん告知の不安、手術の不安。
がんがこれからどうなっていくのかは、まだわからない。でも、とにかくご飯が食べられるようになった。ただそれだけで、ありがたかった。
なんか黄色い液体は、桃の缶詰めのシロップだけみたいなやつ。
甘いっ!ウマイっ!
最高のデザートだ。これ以上の極上スイーツがあるもんか。
はふぅ…………お茶も美味しい。
だがしかし、この後予想だにしない出来事が起こる。
完食できなかった。
どうやっても入っていかない。胃が受け付けない。たったコップ一杯のお湯が。信じられない。
遭難して餓えた人が急に大量に飯を食べると死んでしまうという。それが少し実感できた。
無理はしない。
だって、もう我慢しなくていいんだから。