-30- 午後ティー。
他の入院患者さん達は、女性は時々若い人がいるけど男性はほぼ全員60歳以上で、70代ぐらいが主流だ。
だから30代男性はかなり珍しい。
手術翌日から病棟をガンガン散歩してる患者は珍しいらしかった。普通は数メートルがやっとか、そもそもベッドから起き上がれないらしい。もっとも、「若いからね〜」の一言で済まされちゃうけど。
確かに、ものすごく傷口が痛い。大怪我負うとこういう感じで動けなくなるのね。大怪我したことないから初めて知った。無理矢理散歩する動機はただひとつ、早く色んな管を抜いてご飯を食べられるようになるため。
第1の管、下半身の管。
これ、地味に痛い。尿意と無関係におしっこが出るのも凄い違和感。術後動けなくてトイレに行けないから差してる管なので、ガンガン歩くのを見た先生が外しちゃいましょうと言ってくれた、一番最初に外れた管。
問題は外すとき。
外してくれるのは看護師さん。うーん、恥ずかしいッス。
でもそんな恥じらいは一瞬で掻き消される。
だってそうでしょう?長い管を一気に引き抜くんだよ?麻酔なんか効いてないよ?男性諸君、想像してみて。
せーの。
ずるるるるるっ!
うわぁっ!
看護師さんは慣れたもんで一瞬で引き抜いてくれたから、一瞬の出来事だったけど。これは後から思い出した方が恐ろしい。
何はともあれ、残りは3本。
第2の管、鼻の管。
この時初めて知ったのだが、この鼻の管は小腸まで届いてるあの例の恐ろしいイレウス管ではなくなっていたらしい。イレウス管は手術中に抜いて、改めて胃までしか届いてない管を入れたものらしい。どこまで届いてる管かなんて、自分じゃわからないもんね。
これが抜けないと、ご飯は食べられない。
とうとうその時はやってきた。
術後3日目。絶飲食して1ヶ月半弱。
「今日のお昼から食事始めましょうか。」
………………………!
ほんとですか?!
「ほんとですよ。長い間よく我慢してくれましたよ。まあ、最初は流動食だけどね。」
何動食でも構わないです。喉を何かが通るだけで。もう管しか通ってない喉はお腹いっぱいです。
「管抜いたら、水も飲んでいいからね。」
その後すぐ、看護師さんが鼻から管を抜いてくれた。鼻の管をいじくるのはもう慣れたものだ。
だがしかし、1ヶ月半ぶりの何も突っ込まれていない鼻と喉。その解放感たるや、これまで生きてきた中の何よりも清々しい。
病院の売店でくじ引きをして当たった、午後の紅茶ストレート。
いやー、絶飲食だから飲めないんですよねー、と店員さんに言った。じゃあ、治ったら飲めばいいじゃないですかと渡された午後ティー。病室の冷蔵庫に入れっぱなしだった。
そして。
一口飲んで、口にしばらく含んでから、飲み込んだ。
もう何も言葉なんかなかった。
飴を舐めたときもそうだったけど、味がどうとか美味しいとかそういう問題じゃない。
喉を唾液以外の液体が通った。ただそれだけで素晴らしい。
ただそれだけで、素晴らしい。