-6- イレウス。
【イレウス(腸閉塞)】ギリシャ語の「捩れる、巻き上げる」を語源とする。当時は体内の様子を見る術はないので、「患者が身を捩って悶え苦しむ」様子からきている。
「やっぱりなかなか水が出ないので、小腸まで管入れますね。」
はいはい、今入ってるのをもうちょい入れるんですね?やってやりますよ余裕っすよ。
あれ?小腸ってめちゃくちゃ長いんじゃなかったっけ。……まあ、なんとかなるでしょ。
「小腸まで入れるのは、ベッドじゃできないんですよ。別室に行きますね。」
おお、そうですか。行きましょう行きましょう。
車椅子で連れてこられたのは、天井から何やら大きな機械が垂れ下がっている広くて物々しい部屋。この冷んやりした空気、何も起きなければよいが。
白衣の先生が2人既にスタンバイ。胃に入れてくれた先生も合流してスタンバイ。
3人がかり?
「上からレントゲン映しながら入れていきますからねー。今入ってるのは抜きますねー。」
あ、抜くの?さっき苦労してせっかく……
ズルズルズルッ!
あがががががっ
抜く時は一瞬。
「じゃあこれから、イレウス管入れていきますねー。ちょっと色々寝ながら動いてもらったり痛いのが続くかもしれないですが、がんばっていきましょう。」
入れ直すんですね。まだ鼻ヒリヒリしてますけど。てっきり入ってるのをそのまま奥に……痛たたたっ!
「あ、左の穴は狭いみたいですね。右からにしましょう。」
左、狭いんだ。生まれて初めて知った。
あががががっ
いや、これはさっきと同じ感じ。何とか耐えられる。はず。
「はい、じゃあ体左向けてくださーい。」
「ちょっとお腹押しますね。」
「はい、下半身だけ右向けてくださーい。」
鼻に激痛が走ったまま、身を捩る。捩りまくる。
鼻に激痛が走ったまま、さらに管を鼻でグリグリされて悶え苦しむ。
数メートルある管を操るポイントは鼻の穴のみなのだから、当然そうなる。鼻の穴もさることながら、喉のダメージも凄い。
「そこのとこ入っていかないな。」
「もうちょっと強く押してみて。いや、揉んでみて。」
すごい。
この科学技術が発展したハイテク現代、すごいアナログ。
小腸は6メートルあるわけで。それが思い思いに曲がりくねっているわけで。それを突破するのは、もはや匠の技のみなわけで……。
もう自分がどんな声を出しているのかもわからない。というか声を出せていたのかもわからない。されるがままだった。
どのくらい時間が経ったのだろう。
10分なのか、1時間なのか、わからない。
「はい、お疲れ様です。奥の方までちゃんと入りましたよ。」
ちゃんと入った…?
何がでしたっけ?
ああ、何とかウス管でしたっけ。
よかった。終わった…。
終わってよかった…。
それは全ての始まりだった。