そして新米パパは小腸がんになった。

働き盛りの30代、長男生まれて2ヶ月後、新米パパは小腸がんになった。がん患者の日常と心情を徒然なるままに綴るブログ。

-71- 43度。

【ウォシュレット】

1964年、東洋陶器(現TOTO)が米国から温水洗浄便座「ウォッシュエアシート」を輸入し販売、主に病院向けに医療用や福祉施設用に導入されていた。1980年に国産化し「ウォシュレット」を商標登録。温水洗浄便座では高いシェアを誇り、INAX(現LIXIL)(同社の名称はシャワートイレ)や他社製の同種類のものも含めウォシュレットと呼ばれるほど定着している。ノズル部分は、肛門から跳ね返ってきた温水が周囲に掛からないような角度(43度)に設定されている。

 

 

 

もし日本にウォシュレットがなかったら。

 

日本人の死因第1位は痔だったかもしれない。

 

 

 

 

早く治らないかなぁ。

退院して1ヶ月が経ったけど、まだ滲出液(変換が面倒なので以下、謎汁と呼ぶことにする)は出る。

気持ち、大穴は何となく肉で埋まってきた?かな?怖いのでしっかり触って確認はできないけども。お風呂で洗ってるときの感触で何となく。

 

うちの奥さん、お尻どうなってるか代わりに見てみてって頼んでも、「大好きなお肉が食べられなくなるのが嫌だから」という理由で見てくれない。

 

失礼しちゃうね。

 

まだロキソニンは手放せないし、ちょっと長めに座っているとすぐ、謎汁に血が混じる。

 

痔瘻は長い人は完治に一年かかったりするらしい。

 

 

もういい加減、副作用と痔瘻のコンボはお腹いっぱい。

 

 

 

 

-70- 傷だらけのお尻の憂鬱。

仕事の繁忙期がようやく終わって久々の更新。

 

 

 

トイレグッズが手放せない。

以下、トイレグッズのご紹介

 

・流せるお尻拭き

うっかりトイレットペーパーなんぞで拭こうものなら、トイレは戦場と化す。剥き出しの傷口を乾いたトイレットペーパーで擦る…想像だにしたくない。

 

・ガーゼ

うっかりガーゼを当て忘れようものなら、パンツ内は戦場と化す。剥き出しの傷口が布に擦れ、血と滲出液がパンツを汚すことになる。トイレに行く度に必ず交換する。

 

・ガーゼを捨てるときのビニール袋

うっかりトイレに血と滲出液でドロドロになったガーゼを置き忘れようものなら、次に入った人のトイレは戦場と化す。ガーゼは流せないし、男子トイレはゴミ箱がないことが多いので、剥き出しで手に持つわけにもいかず、ビニール袋は必須だ。

 

以上を巾着に入れてトイレに入る。

 

女の人の気持ちがわかる。

 

 

退院するとき「下痢はしないようにね、傷口に悪いから」と言われたが、再開した抗がん剤で容赦なく下痢が襲う。

 

 

「もう、どうしたらいいのかわからない…」

 

 

そう、僕のお尻は呟いた。

 

 

 

-69- ジーパン刑事 其の3。

【滲出液(しんしゅつえき)】

炎症の際,組織の変質とそれに伴う充血,うっ血などの循環障害が起り,障害を受けた血管から血液成分が血管外に漏れ出てきて,組織内や粘膜の表面などに集積したものをいう。白血球といった細胞成分が多く含まれている。

 

 

手術後は、傷口からガンガン膿と滲出液が出てくるので、常にガーゼをあてて、どんどんお風呂に入って清潔を保たなければいけない。

なんせ、この滲出液というやつ……とても臭い。何というか、独特な臭いがする。

ガーゼを当てていないとあっという間にパンツが大変なことになる。

 

傷口は基本的に剥き出しなので、シャワーを当てて洗う時も恐る恐る。手術跡がどうなっているのかお尻なので見えないけど、触って確かめてみようという勇気はしばらくなかった。

 

ある時シャワーしながら勇気を出して問題のお尻の部分を触ってみた。

 

 

 

なんじゃこりゃーーーーーーーー

 

 

 

お尻が……………ない。

 

抉り取られたようにお尻の右側の部分が卵大程の大きさ…………

 

ない。

 

僕のお尻にピンポイントで隕石が衝突した跡かのように………………

 

ない。

 

 

これ、ほんとに元に戻るのか?

 

でっかいのと小さいの2つのお尻の穴を抱えて生きていかなくてはいけないのか?

 

 

 

まあ、小さいのは別に抱えてていいんだけども。

 

 

 

 

 

 

 

-68- 僕の人生の今は。

子供の頃や学生のときに触れた音楽や本や映画は、大人になって改めて触れると、昔とは違った感想や印象になることは多い。

 

 

『僕の人生の今は何章目ぐらいだろう  byウルフルズ

https://www.youtube.com/watch?v=QSC5Qk7eWlE

 

 

元々大好きな曲だったけど、昔と今では僕にとっての意味合いがちょっと違う曲。

 

毎日眠いしダルいけど、健康な毎日が当たり前のようにずっと来るし、最終章は平均寿命だと何の疑いも持たなかった昔。

 

最終章がいつなのかわからない今。

 

 

僕の人生の今は何章目ぐらいだろう。

 

-67- 王様。

痔瘻(じろう)】肛門の周辺に穴ができて、そこから膿が出る疾患。肛門に膿のトンネル(瘻管)が出来た状態のことを言う。多くは下痢などの時に肛門小窩に便が入り、それによって細菌が肛門周囲に侵入して炎症を起こし、肛門周囲膿瘍となった後に、肛門周囲に排膿することで瘻管が生じ、痔瘻となる。一度できてしまった瘻管が自然に閉鎖することはなく、完治のためには手術が必要である。肛門周囲の深い所で膿瘍が発生した場合には自然に排膿することがなく、切開して排膿する必要がある。

 

 

 

僕の個人的な考えだけど、世の中には世間的になんとなくイメージとして軽く見られがちな病気が2つあると思う。

 

腰痛と痔だ。

 

「腰がいてーだよー」という志村けんのコントのイメージか、腰が痛いぐらいで情けないという人は結構多い。不健康な人や高齢者がなるものだと思いがちだが、若いスポーツ選手だって腰痛になる。高校生でぎっくり腰をやり、ずっと慢性的に腰痛持ちの僕からすると「一度腰痛のあの衝撃的な痛みを味わってみるがよい」と思うのだけど、一生ならない人はならない。

 

ズルい。

 

大体ぎっくり腰というネーミングがよくない。ぎっくり腰の正式名は急性腰痛症という。

まだ甘い。

急性衝撃絶望安静腰痛症、ぐらいの名前でいいと思う。

 

 

そんな訳で腰痛はベテランの僕だが、痔にはなったことがなかった。

正直、僕の痔に対するイメージは軽かった。

 

お尻が痛い?うーん、まあ辛そうだけど、お尻が痛いだけでしょ?太いう◯ちし過ぎてなっちゃう?そんな太いの出すからでしょ、やだなーもう。

そのぐらいのイメージだった。 

そして自分には縁のないものだと根拠なく思っていた。

 

そう、あのときまでは。

 

この度、痔の王様と言われる痔瘻まで一気に登りつめてしまった僕。

 

手術前より、手術後の方がヤバかった。

そこにきて抗がん剤副作用の合わせ技。

 

 

それはまさに地獄と呼ぶにふさわしい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

-66- 人類の叡智。

うつ伏せで両手は前へ。お尻を左右へぐいーと引っ張られる。

お尻の穴丸見えでいよいよ逃げられない体勢。

 

「はい、じゃあ始めていきまーす」

 

 

 

……………っ!

 

………あ、痛くない。

なんかお尻のところが小刻みに震えてるような感触があるだけで、痛くない。

 

流石です。痛くないです。よし、このまま20分間心を無にしてやり過ごそう。

 

心を無に、心を無に………ん?何か焦げ臭い。

 

 

焼き肉?

 

 

あー、これがレーザーメスか。

小刻みに震えてるのはレーザーがジリジリしてる感触か。

すごいな、体がレーザーで焼き切られてるのを痛みだけ感じないとこういう感触なのか。

 

こわーい。

 

ピンセットみたいのでグリグリ弄ってる感触もする。

 

麻酔がなかったらショック死してるだろうな。

 

麻酔ってすごい。

 

がんになってから散々麻酔をかけられて色々されたけど、お尻の穴を弄くられながら改めてそう思った。

 

 

「はーい、終わりましたよ。やっぱり結構深いところだったけど、ちゃんとうまくいったから。一応組織を一部生検に出しておくね」

 

下半身動かないので、看護師さん数人でよいしょーとストレッチャーへどーん。

そのまま病室前まで運ばれ、「ベッド移しまーす」のかけ声で看護師さんがワラワラ集まってきてくれて、皆でよいしょーでベッドへどーん。

 

気分は市場のマグロだね。

 

 

 

 

 

-65- 半信半疑。

【脊椎麻酔(せきついますい)】
局所麻酔の一種。脊椎のくも膜下腔に注射針を刺して麻酔薬を注入し,脊髄神経の前根と後根を麻痺させることにより麻酔が得られる。腰椎に注射することが多いので,腰椎麻酔とよばれることがある。

 

 

 

手術の朝。

まずは座薬入れてお尻の中を空っぽにする。

入れてから20分ぐらい我慢してくださいね〜と看護師さんに笑顔で言われるも、無理無理5分と持たずトイレへ。20分我慢してたらベッドが大惨事になっちゃうよ。

 

歩いて手術室のある階へ。

 

局所麻酔かぁ。

膿を絞り出したときの効かなさ具合といい、ポート入れたときの丸聞こえ具合といい、いい思い出ないなぁ。

局所麻酔は痛みだけないので、感触はしっかりある。意識ももちろんある。何より何が恐いって、麻酔が効いてるのかどうか半信半疑の状態でメスを受け入れなくちゃいかんというあの瞬間ね。

 

手術室に入ると数人の先生と看護師さんがスタンバイ。まず麻酔して効いてから、執刀の先生が来る。先生は隣の部屋でオペ中で、麻酔が効いた順番にどんどん部屋を移って次々に手術していく流れ。手術時間は20分ぐらい。

 

「じゃあ、ここに横向きに背中を丸めて寝てくださいね」

「硬膜外麻酔が入らなかったんですね。背骨の間隔が狭くて…なるほど……」

「ごめんなさいちょっと痛いですよー」

 

ぷすっ。

 

そんなに痛くはない。

あの膿絞りに比べれば。

 

問題なく針は刺さったようだ。やれやれ、よかった。何事も無さそうだ。

 麻酔が効くまで暫く待つ。

 

麻酔医の先生が、背中に何かモノを当てる。

「これ、冷たいですよね?じゃあこれはどうですか?冷たいですか?」

続いてお尻に当てた。

 

うーん、まあ、冷た…くはない…ですかね?

 

「じゃあ、これは痛いですか?」

お尻に左側に何か当てる。

 

いやー、痛くないっす。

 

「じゃあこれは?」

 

いたーーーーーい。

 

右側に当てられたら普通に痛かった。

 

マジか。怖っ。

 

 

「麻酔の量足りないみたいですね。もう一回打つのでまた横向きになって下さい」

 

はい、ぜひそうして下さい。なんなら全身麻酔でも…。

右側はまだ膿が出てる切開した傷があるから、効き目が弱いのかな?

 

2度目の注射を打ってまた暫く待つ。

 

「これ、痛いですか?」

 

左側は痛くない。

 

「じゃあこれは?」

 

右側。うーん、さっきよりは…全然感じない、です。かな?うーん。でも確かにチクッとしたような…。うーん。

 

さっきの痛みの記憶が残ってるので、触れた感触が痛いのか痛くないのか正直自分でもよくわからん。

下半身全体がポカポカ温かくなって、じーんと痺れている。

 

「じゃあ始めていきましょう」

 

大丈夫、なのかな?

ほんとにメス刺して大丈夫なのかな?

お尻の穴とかいう全身でもトップを争う無防備なところを、サクッといって大丈夫なのかな?

 

 

 

 

 

 

-64- ちょっと入院しに行こうぜ。

入院の朝。

 

リュックを背負って電車に乗る。

 

端から見て、これから入院しに行く壊れかけのお尻を抱えたがん患者には、到底見えないだろうなぁ。

 

入院もこの1年で3回目ともなると慣れたもんだ。ちょっとホテルに泊まりに行くぐらいの感じ。まあ、命に関わらない手術だからだけど。

 

手続きをして病室へ。差額ベッドなしの6人部屋。窓際で眺めは良い。

 

入院計画書を渡された。

病名「複雑痔瘻

人の名前みたいな響き。

 

がん専門の病院じゃないから、入院患者の年齢層は様々。

例によってカーテン越しに同部屋の皆さんの様子が伝わってくる。肛門科にかかってる人が集まってるので、とりあえずみんなお尻関係に悩みを抱えている。

 

隣のベッドは若い人。毎日奥さんが来ててラブラブ。ラブラブだけどキッチリお尻は痛い。

向かいのベッドは抗がん剤してるおじいさん。ストーマも付けてるらしい。でも陽気で声がデカい。看護師さんに再三アプローチかけるも笑ってごまかされる。でも毎日来るおばあさんとラブラブ。

そのお隣はお相撲さん。存在感が凄い。病院食じゃ絶対足りないよね。たぶんベッドも足りない。

 2つお隣はおじいさん。間食しまくってベッドの周りがお菓子だらけなことを看護師さんに注意されるも、だって美味しいんだもんの一言でかわす剛腕。

 

 

痔瘻の手術は下半身だけの麻酔。腰に麻酔を打つんだって。

嫌な思い出が甦る。

最初の開腹手術をした時の硬膜外麻酔。背骨の間隔が狭くて結局麻酔できなかった。高校生の時から腰痛持ちの僕は、背中もさることながら腰もぶっ壊れている自信がある。

 

 

手術は翌日。

何事もなければいいんだけど。

 

 

 

 

 

 

-63- 職人技。

悪夢のようなお尻の膿絞りをしてくれた先生が書いてくれた紹介状を持って、仕事午前休取ってその大きな病院へ。

 

先生曰く、かなり有名な肛門科の先生がいるらしい。

ありがたい話だ。どうせお尻を差し出すなら、腕のいい人に差し出したいのが患者の気持ちというもの。

 

紹介状を受付で出して暫くすると、案内のおじさんが肛門科の前まで連れていってくれた。

「待ち時間どれくらいかな?」

おじさんが肛門科受付のお姉さんに聞く。

「3時間から4時間ぐらいですかね」

 

よ、よじかんっ。

 

流石の大人気だ。ディズニー並の待ち時間。 

ディズニーとの違いを敢えて言うなら、こっちはみんなお尻に悩みを抱えているということぐらいだ。

 

仕方ないので一旦仕事しに会社へ出勤。

本当にありがたいことにうちの会社は僕の病気に社長の鶴の一声で超理解を示してくれているので、勤務はかなり自由がきく。

 

一仕事終えてちょうどいい時間に再び病院へ。

 

先生は、大ベテランの風格漂うお髭のおじいさん。

 

早速お尻の穴へ指をどーん。

 

おっふ。

 

ひとしきりグリグリした後、状況を説明してくれた。

「右の直腸の脇から管が出来てて、そこから穴を回り込むように左の方へ空洞が出来てるね。ちょっと深いところに出来ちゃってる。どちらにしろ手術だね。手術のスケジュールが…かなり埋まっちゃってるんだけど2週間後ならいけるかな。1週間ぐらい入院してもらうよ」

 

すごい。ちょっと指グリグリしただけでそんなわかっちゃうのか。

 

 

ロキソニンがないとまともに動けないし、この間切開した傷から膿はずっと少量ずつ出続けているので、ガーゼを当て続けないとパンツが大変なことになる毎日。

それに加えた、副作用の数々。

 

 

2週間、何とか耐えよう。

だって治るんだもん。耐えるしかないね。

 

 

 

-62- ジーパン刑事 其の2。

ある日お風呂でシャワーを浴びていたときのこと。

 

お風呂に入るときの注意点といえば、オキサリプラチンの副作用で痺れないように先にお湯を出して温かくしておく、ぐらいだと思っていた。

 

そう、あのときまでは。

 

 

頭を洗っていたら、掌に違和感が。

 

ふと見ると、掌に髪の毛がゴッソリ。

 

 

なんじゃこりゃーーーーーー

 

も、もしかして、これが噂の……!

 

5FUの46時間点滴。

1クール目は何ともなかった。

2クール目の1週間が経った頃だった。

半年以上やってるオキサリプラチンで脱毛はなかったし、アバスチンは痔に悪いので止めてるし、ゼローダは飲んでいない。

 

5FU………お前か…………。

 

次の日も、その次の日も髪の毛は順調に抜けていく。

完全に油断していた。ゼロックス療法で脱毛は出なかったから。昔から髪の量が多くてフサフサな僕の毛根、さすがだねーなんて思っていた自信は儚くも崩れ去った。

 

あーあ、これ、ツルツルになっちゃうのかな。乳がんの女の人が抗がん剤やると皆脱毛しちゃうし、同じなのかな。

いかんよ、僕の仕事はお堅い客商売。帽子被ってなんて絶対接客できないし、うちの会社坊主はご法度だし。

 

今までのどんな副作用よりも、ヘコんだ。

 

こうなったら海老蔵みたいなお洒落ハゲにするしかない。でも海老蔵みたいになるにはもっと痩せなきゃ。でも食べてる時だけ気持ち悪いのを忘れられる僕の吐き気の副作用ではなかなか難しいな…。いやいや、痩せなきゃカッコ悪いハゲになってしまう。

 

なんてことを本気で考えた。

 

その後後半の1週間になると抜けるペースは落ちてきたが、抜け毛は続いた。

 

次の点滴投与の検診日、先生に訴えた。

 

あの…髪の毛の脱毛が出てきて……。

 

「あー、出てきましたか。5FUですね。でもまあ、地肌が見えるくらい抜けることはないと思いますよ」

 

ほんとですかっ。信じていいんですねっ。

 

「まあ全体的な髪の量は減っちゃいますけど、多分大丈夫ですよ」

 

がんになって、一番救われた言葉かもしれない。

ああ、これ全部抜けちゃいますねとか言われたら、なんとか5FUを中止してもらえないか泣いて嘆願するつもりだった。

 

 

その後。

 

日によって差はあるけど、髪の毛は順調に抜け続けている。

 

いくら豊富な資源でも限界はあるよ。

これ、やっぱりヤバいんじゃない?

 

-61- ぎゅーー。

とりあえず家の近くのそれなりに大きい病院へ行ってみた。そこは肛門科はないが、外科で対応してくれるという。

 

抗がん剤やってるんですね。うーん」

「とりあえず、針刺してみて膿が溜まってるかどうか診ましょうか」

 

針。

針かー。

刺しちゃうかー。

 

プスッ。

 

いたーーーぃ。

 

「そんなに膿は溜まってないですね。とりあえず痛み止め飲んで様子見ましょう」

 

様子見ということで帰された。

 

ロキソニン飲んで様子を見るも、大して痛みは消えない。コブはどんどん大きくなってる気がする。

1週間程経って、この世の終わりのような顔をして仕事に行く僕を見かねて、奥さんがちょっと遠いが評判のいい肛門科のクリニックを探してくれたので、仕事午前休を取ってすがる思いで行ってみた。

 

「あらー、これ、ものすごく痛いでしょ。座ってられないですよね」

 

お尻を見た瞬間に先生が声をあげる。

 

「小腸がんとは、大変な思いをされてますね。抗がん剤も継続中……」

「わかりました。とにかくこれは確実に膿が溜まるだけ溜まってるので、今からお尻を1センチぐらい切開して膿を搾り出しましょう。でないと痛みは絶対なくならないですから」

 

せ、切開。

 

「一応局所麻酔はしますから」

 

プスっと麻酔。

それなりに麻酔自体も痛いが、それはもう慣れたもの。

 

「じゃあ、切開しますね」

 

それなりに痛い。でも、うん、いける。はず。

 

「じゃあ搾って膿を出していきますね。ちょっと痛いかもしれないです。頑張っていきましょう」

 

ぎゅーー

 

 

いっッッたぁぁぁぁぁぁーーーーーーー

 

 

ふぐぅぅぅ、と呻き声を上げる僕。

こ、これは、ヤバい!

散々色んな治療をされて痛みに晒されてきた僕だけど、これはヤバいやつだっ。がんの治療より、痔の治療がこんなにも痛いなんて。

トローーっと、膿と血が流れる感触がある。

 

ぎゅーー

 

いたぁぁぁぁーーーーーーぃ

 

ぎゅーー

 

うわぁぁぁぁーーー

 

※これらは全て心の中での叫びです。

 

これまで色んな痛みに耐えたきたプライドが、呻き声に込められる。

 

は、早く、せめて早く終わらせてっ!

 

ぎゅーーー

 

いっっっったぁぁぁーーー

 

 

…………

 

10分程が経っただろうか。

 

「はい、終わりましたよ。お疲れ様でした」

 

スーツの下とパンツを下ろした状態でお尻丸出しの僕は、深く溜め息をついた。

 

「いやー、よく叫び声上げませんでしたね。叫び声上げる人多いんですけどね」

 

叫び声、上げてましたよ。心の中で。

 

肛門の周りは局所麻酔が効きにくいのだとか。痛さランキング的に、動脈採血とイレウス管挿入に匹敵する上位に一気にランクイン。

 

ガーゼを傷口に当てられて、パンツを履く。

あ、でも、お尻すっごい楽になった。こんなに劇的に変わるもんか。痛いことは痛いけど、すごい楽に座れる。

 

「お疲れ様でした。膿は取れたので一旦楽になったと思います」

 

はい、すごい楽になりました。

 

………一旦?

 

「これは痔瘻になってますね。手術して治さないと、また膿が溜まってきてしまいます。ここは小さい病院なんで入院設備がないので手術できないんですが、腕のいい先生のいる大きな病院紹介しますから、そちらで手術しましょう。がんのことも紹介状に書いておきますから。がんの方の先生に手術と抗がん剤のスケジュールを聞いて調整してもらって下さいね。抗がん剤してると免疫力が落ちるので」

 

また手術か…。

なんか手術ばっかりしてるなぁ。

 

でも痔は手術すれば治る。こんな素晴らしいことはない。治療すれば治るなんて、こんなありがたいことはない。

 

 

消えないがんに無期限の治療をする僕は心の底からそう思った。

 

 

 

 

 

 

 

-60- ジーパン刑事。

痛みが尋常ではなくなってきた。

 

ある日、お尻を擦ろうとふと手を伸ばすと、お尻の右側にぽっこりと卵大のコブが出来ている。

 

なんじゃこりゃーーー

 

基本的に座り仕事の僕にとって、そのコブの痛みは脂汗が出てくるレベル。座っていると地獄なので仕事場の中をウロウロ歩きながら仕事する。

 

ズキズキするお尻を感じながら、ネットで検索。

「痔の傷口からバイ菌が入り膿が溜まることを肛門周囲膿腫という。悪化すると直腸と肛門を繋ぐ管が出来てしまい、これを痔瘻という。痔瘻の治療は手術が必要」

 

もう読んでるだけでお尻痛いよ…。

管って何だよ…。

もう管はいいよお腹一杯だよ…。

 

とにかく、膿が溜まっていると激痛らしい。

 

僕がかかっている病院は肛門科がなく痔の治療はしていないとのことで、別の肛門科のある病院を探すことに。

 

 

この後、僕史上最凶の痛みと戦うことになるとは露知らずに…。

 

 

-59- 大魔王の贈り物。

【痔】

肛門周辺に生じた疾患の総称。痔疾(じしつ)ともいう。

 

 

 

病室のオフホワイトの壁を眺めながら僕が一番悩んでいたことは、がんのことではなかった。

 

お尻のことだった。

 

 

大魔王ゼローダの副作用により、6クール(3週間×6)の間、猛烈な下痢に見舞われた僕。

お尻は脆くもメルトダウンしてしまった。トイレで涙を流す度、お尻の穴はダメージを負い続けた。

 

ある日、穴のすぐ近くが中も外も痛いことに気づいた。

 

これが痔ってヤツか……。

 

生まれて初めての痔。

でもまあゼローダの休薬期間の1週間の間は下痢は治まるし、何とかなるだろうと思っていた僕は何と浅はかだったのだろう。

 

休薬期間の1週間では治るはずもなく、治りかけのところを容赦なくアレがアレすることの繰り返し。

 

 

そして………

 

 

-58- 見た目ではわからない 其の1。

星野仙一さんが膵臓がんで亡くなったという。

 

全くもって他人事ではない。

有名人ががんで亡くなりニュースになる度、ニュースにならない人がどれ程がんで亡くなっているのか、気が重くなる。

 

一つだけ敢えて言う。

 

他人事だと思っている人。がんに他人事などあり得ない。

 

 

まあ、それはさておき。

 

 

日本人の2人に1人ががんになり、3人に1人ががんで死ぬ。

 

よく言われることだ。

でもどうだろう?

街を歩いている人、本当に2人に1人ががんなのか?とてもそうは見えない。

答は2つ。

がん患者は大抵高齢で、街になんか出られず病院か家にいるのだ。

そして僅かな若年のがん患者は、がんであることはパッと見わからない外見で街に溶け込んで日々働いているのだ。

 

この、パッと見わからない、というのが曲者だ。

どんなに副作用が辛かろうと、満員電車に乗って通勤しなければならない。席を譲って下さいなんて言えないし、譲ってくれるはずもない。自分はがん患者なんです、などとは大っぴらにしない。

多分みんな、諦めている。僕も諦めている。

 

別にそれでいいと思う。

 

街中では。

 

 

つづく。

 

 

 

 

 

 

-57- 医療行為。

無事ポートが埋め込まれ、オキサリプラチンとフルオロウラシル(5FU)をポートから投与する。今回は初めてポートからの投与なので、そのまま入院しながら投与する。

腕から点滴の針を刺すより、ポートに刺す方が圧倒的に痛くない。もう慣れっことはいえ、やっぱり注射は痛い。痛いもんは痛い。

 

オキサリプラチンは相変わらずの2時間。

5FUは……46時間。

 

フォーティーシックス。

 

坂のアイドルかっ。

 

 

140錠のゼローダと46時間の5FUのどっちを長いとみるか。

 

 

どっちでもいいや。

 

生きるためならね。

 

 

ペットボトルのような容器の中に、風船が入っている。その風船の中に5FUが入っている。風船が萎んでいく力を利用して、少しずつ薬がポートから体に入っていく寸法だ。ペットボトル(断じてペットボトルではないが、面倒なので以下ペットボトルと呼ぶ)を袋に入れて首から下げて、ひたすら風船が萎むのを待つ。特に行動は制限されないので、好きに動き回ってよい。

これなら46時間かかっても、病院でなく自宅で投与できる。

 

終わったら自分で針を抜かないといけないので、その練習も兼ねてとりあえず初回は入院しながら投与する。

 

少ーしずつ少ーしずつ風船が小さくなる46時間の間、看護師さん達が代わる代わる様子を見に来ては、首から下げたペットボトルにマジックで時間毎に風船の大きさの印を付けていく。

 

看護師さん達に寄って集って寄せ書きされているみたい。ふふふ。

 

めっちゃ人気者みたいだが、ただの医療行為。

 

 

2日後、風船が萎みきって終了。

 

これを、2週間に1回。

こりゃ、しんどいな。

 

しょうがないね。

生きるためならね。