そして新米パパは小腸がんになった。

働き盛りの30代、長男生まれて2ヶ月後、新米パパは小腸がんになった。がん患者の日常と心情を徒然なるままに綴るブログ。

-34- 流れ行く景色 其の2。

退院の朝。

 

最後の病院食はなんとなく名残惜しい。

退院してからの奥さんの手料理やら外食やらからすれば、味気ない食事であろう病院食だ。でも、僕は病院食の美味しさとワクワクを忘れないだろう。

 

 

奥さんと両親が迎えに来てくれた。

 

病院貸出のパジャマを脱ぎ、Tシャツとジーパンを着る。普段着は1ヶ月半振りだ。あれ?ベルトってどうやって締めるんだっけ?

 

ナースステーションに寄って、お世話になった看護師さん達にご挨拶。

「あらー、爽やかな格好でー。」

「あれ?もう退院なんでしたっけ?早ーい。」

ほんとに、看護師さんの明るさに助けられることがたくさんあった。

 

ありがとうございました。

 

 

受付で退院の手続き。

高額医療費の限度額認定証を出したおいたので、とりあえず払える金額でよかった。

医療保険の診断書と、傷病手当ての書類も提出。この辺はきっちりやっておかないと、あっという間に家計は火の車になる。なんせ給料はしばらく1円も入ってこない。

 

駐車場の車に行くと、長男が母親の横でスヤスヤ。今日から思う存分一緒にいられる。抱っこはお腹の傷が塞がりきってないからしばらく控えるように言われてるけど。普通の子より体格の大きいウチの子、お腹パッカーンっていっちゃうよ、と先生談。

まあまあ、顔見て笑顔返されるだけでパパは大満足。

 

車の窓から外が見える。

転院の時とは違う。今度はこの景色の中を歩いていいんだ。

自由だ。自由って、素晴らしい。

 

 

 

 

-33- 最後の夜。

手術が終わってから、部屋が大部屋から個室になっていた。

 

手術直後は経過観察で個室になるのだとか。

差額ベッドが怖くて聞いてみたら、この部屋はかからない個室だそうで。次の人が来たら移ってもらうから〜と言われてから、6日間そのまま快適な個室生活だった。ありがたや。

 

「ご飯、かなりちゃんと食べられてるみたいですね。傷口もキレイだし。毎日歩いてるし。」

 

5分粥食になってからというもの、ご飯が急にご飯らしくなって。うれしくてうれしくて。毎回完食していた。

 

「じゃあ、明後日ぐらいに退院しちゃいますか。」

 

え。

いいんですか?

 

「まあ、最低1ヶ月は自宅療養になるけど、退院は全然問題ないですよ。」

 

 

 退院か………。

 

退院できる日が来るなんて。

イレウス管を入れた夜、告知された夜、手術前日の夜。

ご飯が食べられて、家に帰って、4ヶ月の息子を抱っこして、家の布団で川の字で寝る。そんなことは考えるのも贅沢だと思っていた夜。

 

退院できる。

 

家族に連絡したら、みんな本当に喜んでくれていた。心配かけてたんだなぁ。

 

 

退院の前日、大部屋に移った。

入院生活最後の夜は、なんとなく名残惜しくもあった。

退院したら、何をしようか。

もうちょっと体動くようになったら、旅行行きたいな。でもお金ないなぁ。しょうがないから実家にちょっと帰るか。田舎でのどかな実家に。釣りに行きたいな。のんびり1日、ボケーっと釣りをしたい。そうだ、入院生活のことをブログに書いてみよう。あんまり深刻で難しい感じにしないで、ゆるーい感じで。

 

「術後の精密検査の結果は、1ヶ月後に出ます。小腸や大腸からちょっと外れたところ、直腸の近くに小さな腫瘍があったので切除したけど、それが何なのか検査します。手術前のCTで診ると、がんが小腸から点々と進んでいっている。これが、途中で食い止められてここで止まったのか、それとも拡がっている最中だったのか。それを突き止めます。」

「この映っているがんは全部取り除いたけど、拡がっている最中だったとしたら、目に見えない細胞レベルでこの辺りにがんができている可能性が高くなる。そうなったら、抗がん剤で治療をしていくことになるから。」

 

先生の説明が頭を過る。

 

抗がん剤か…。

 

噂は聞く。副作用がキツいって。

どうキツいのか、どのくらいキツいのか。

考えても仕方ないけど。

やらないと死んでしまうなら、やるしかない。家族を守るために。

 

まあ、結果が出るのは1ヶ月後。

とりあえず、のんびりしよう。

 

入院最後の夜は更けていった。

 

 

 

 

-32- 至近距離。

【脊柱管狭窄症】

 先天的または後天的に背中の脊柱管(髄膜に包まれた脊髄などが通る管)が狭くなり、 脊髄や神経根が圧迫される病気。頸椎や腰椎に起こることが多く、伸ばして立っていたり歩いたりすると、ふとももや膝から下にしびれや痛みが出て歩きづらくなる。日頃の予防は背筋を伸ばして歩くのでなく、少し前屈みになって歩くと楽になる。

 

 

手術前の硬膜外麻酔が入らなかった件。

手術から3日経っていた。

 

「以前に脊柱管狭窄症と診断されたり、家族にそういう人がいたりしませんか?」

手術後、先生から聞かれた。

 

そういう診断されたことはないですが、高校生の時にギックリ腰やって以来、腰痛と背中痛が慢性的にずーっと持病ですねー。

 

「なるほどー。その辺がもしかしたら関係してるのかも知れないね。狭くてどうにも入っていかなかったらしくて。まあ、特に早急にどうこうってわけじゃないので、そのうちどこかで診てもらったらいいかもしれないね。」

 

しかし、ギックリ腰って名前は何とかならんもんですかね。若くてギックリ腰って言うと、全然周りが同情してくれないんですよねー。言葉の響きが軽すぎて。あんな痛いもんはないのに。

 

「あー。確かに年寄り臭いよね。」

 

欧米だとギックリ腰は「魔女の一撃」って言うらしいですよ。日本でもそのぐらいインパクトある名前にすればいいのに。

 

「ほんとだねー。」

 

そんな他愛ない会話ができるようになったのも、手術が成功したからか。

 

「それで、硬膜外麻酔が入らなかったから代わりに入れてたその手の甲からの麻酔、どうしますかね。代わりに飲み薬にすることもできるけど。」

 

あー。外せるなら外したいです。

 

「すごい歩いてくれてるし、外しちゃいますか。ロキソニン飲めば何とかなるでしょう。」

 

正直まだお腹の傷は動くと激痛だったが、管はどんどん抜きたい。こうして第3の管は抜けたのだった。

 

 

その日の夕方。

 

「二の腕から入れてるカテーテルも抜いちゃいますか。順調にご飯食べられてるし、もう栄養剤入れることはないでしょ。」

 

はい!お願いしまっす。

 

これで全部の管が抜ける。素晴らしい解放感。

ラストはちょっと楽しかった。

 

先生が自ら管を抜きにきたのだが、この4月に入ったピチピチの新人看護師さん3人を引き連れてきた。

 

「ウチの病院では栄養剤のカテーテルは鎖骨のところから入れるけど、この患者さんは転院してくる前の病院で入れたから、二の腕から入れてるのね。これから抜くから、参考によく見ておくようにね。」

 

二の腕の裏から心臓近くまで、60センチぐらい管が血管を通ってる。それをズルズルっと抜く。そう言われるとちょっとゾクっとする。

 

「痛みはないはずですよ。大丈夫大丈夫。ちょっと違和感するかな。」

 

それから先生はピチピチの若い女性3人にあれやこれや関西弁で楽しく教えながら、僕はピチピチの若い女性3人に二の腕を至近距離でガン見されながら、無事第4の管も外れた。

 

 

 

「あらー。何にも繋がってない◯◯さん初めて見た!スッキリしましたねー。」

 

検温に来た看護師さんに言われた。

 

はは。そういえばそうだった。

ご飯も食べられる。管も刺さってない。

 

身軽だ。この当たり前の身軽が、うれしかった。

 

 

-31- テンションMAX。

食事時の病棟内が嫌いだった。

 

廊下と病室に、いい匂いが立ちこめる。各ベッドに配膳される。

 

「はーい、◯◯さん、お食事ですよー。」

 

決して僕のベッドに声が掛けられることはなかった。

 

 

 

 

 

「はーい、今日からお食事ですねー。ここ置きますねー。」

 

はい!ありがとざいますっ!

 

……食事だっ。

 

テンションはうなぎ登り。

 

小皿に恭しく、塩が入った小さな袋がちょこんと乗っている。これ小皿に置く必要あるか?などとは思わない。テンション上がってるから。

器が3個、全て蓋がしてある。ワクワクしながら蓋を開ける。

1個目、なんか白い液体!

2個目、なんか黄色い液体!

3個目、お茶!

以上!

テンション上がってるのでガッカリなんかするはずがない。1ヶ月半ぶりの食事。またご飯が食べられる。

 

ただただ、ありがたかった。 

 

なんか白い液体は重湯。お粥の上澄みのところで、どろっとしたお湯といった感じ。

ドキドキしながらスプーンですくい、口へ運ぶ。

 

米だっ、米の匂いと味がするっ!

そうだ、これが米の味だ。最後に食べたのがはるか昔のことのように思える。いや、まあ正確に言えばまだ米は食べていない。米風味のお湯しか食べていない。たがそんなことはさしたる問題ではなかった。

 

………………。

 

涙が出た。ごく自然に。

 

自分でも驚きだ。ご飯を食べて泣くなんて。

多分、これまでの色んな感情が入り交じったのだろう。絶飲食の我慢、イレウス管の我慢、がん告知の不安、手術の不安。

がんがこれからどうなっていくのかは、まだわからない。でも、とにかくご飯が食べられるようになった。ただそれだけで、ありがたかった。

 

なんか黄色い液体は、桃の缶詰めのシロップだけみたいなやつ。

甘いっ!ウマイっ!

最高のデザートだ。これ以上の極上スイーツがあるもんか。

 

はふぅ…………お茶も美味しい。

 

 

だがしかし、この後予想だにしない出来事が起こる。

 

完食できなかった。

どうやっても入っていかない。胃が受け付けない。たったコップ一杯のお湯が。信じられない。

遭難して餓えた人が急に大量に飯を食べると死んでしまうという。それが少し実感できた。

 

無理はしない。

だって、もう我慢しなくていいんだから。

 

-30- 午後ティー。

他の入院患者さん達は、女性は時々若い人がいるけど男性はほぼ全員60歳以上で、70代ぐらいが主流だ。

だから30代男性はかなり珍しい。

 

手術翌日から病棟をガンガン散歩してる患者は珍しいらしかった。普通は数メートルがやっとか、そもそもベッドから起き上がれないらしい。もっとも、「若いからね〜」の一言で済まされちゃうけど。

確かに、ものすごく傷口が痛い。大怪我負うとこういう感じで動けなくなるのね。大怪我したことないから初めて知った。無理矢理散歩する動機はただひとつ、早く色んな管を抜いてご飯を食べられるようになるため。

 

第1の管、下半身の管。

これ、地味に痛い。尿意と無関係におしっこが出るのも凄い違和感。術後動けなくてトイレに行けないから差してる管なので、ガンガン歩くのを見た先生が外しちゃいましょうと言ってくれた、一番最初に外れた管。

 

問題は外すとき。

外してくれるのは看護師さん。うーん、恥ずかしいッス。

でもそんな恥じらいは一瞬で掻き消される。

だってそうでしょう?長い管を一気に引き抜くんだよ?麻酔なんか効いてないよ?男性諸君、想像してみて。

 

せーの。

 

ずるるるるるっ!

 

うわぁっ!

 

看護師さんは慣れたもんで一瞬で引き抜いてくれたから、一瞬の出来事だったけど。これは後から思い出した方が恐ろしい。

何はともあれ、残りは3本。

 

 

 第2の管、鼻の管。

この時初めて知ったのだが、この鼻の管は小腸まで届いてるあの例の恐ろしいイレウス管ではなくなっていたらしい。イレウス管は手術中に抜いて、改めて胃までしか届いてない管を入れたものらしい。どこまで届いてる管かなんて、自分じゃわからないもんね。

これが抜けないと、ご飯は食べられない。

 

とうとうその時はやってきた。

術後3日目。絶飲食して1ヶ月半弱。

 

「今日のお昼から食事始めましょうか。」

 

………………………!

ほんとですか?!

 

「ほんとですよ。長い間よく我慢してくれましたよ。まあ、最初は流動食だけどね。」

 

何動食でも構わないです。喉を何かが通るだけで。もう管しか通ってない喉はお腹いっぱいです。

 

「管抜いたら、水も飲んでいいからね。」

 

その後すぐ、看護師さんが鼻から管を抜いてくれた。鼻の管をいじくるのはもう慣れたものだ。

だがしかし、1ヶ月半ぶりの何も突っ込まれていない鼻と喉。その解放感たるや、これまで生きてきた中の何よりも清々しい。

 

病院の売店でくじ引きをして当たった、午後の紅茶ストレート。

いやー、絶飲食だから飲めないんですよねー、と店員さんに言った。じゃあ、治ったら飲めばいいじゃないですかと渡された午後ティー。病室の冷蔵庫に入れっぱなしだった。

 

そして。

 

一口飲んで、口にしばらく含んでから、飲み込んだ。

 

もう何も言葉なんかなかった。

飴を舐めたときもそうだったけど、味がどうとか美味しいとかそういう問題じゃない。

 

喉を唾液以外の液体が通った。ただそれだけで素晴らしい。

 

ただそれだけで、素晴らしい。

 

 

 

 

-29- 武士みたいなもん。

朦朧とした視界で見た先生のサムアップ。

手術は大成功だったそうだ。

 

懸念されていた、お腹の前の方へのがんの拡がりはあまりなく、臓器の少ない背中側へ腫瘍が大きくなっていたことで、ストーマが必要な程腸を取り除くことはなかった。背中の方も、うまく神経は取り除かないで済んだので松葉杖にもならなかった。

見えるがんとリンパ節とがん周辺の器官は根こそぎ取り除けた。

 

感謝。

感謝しかない。

今からでも医者になりたいと思うぐらい、先生に感謝だ。

 

 

 

さて、手術直後の見た目の様子はと言うと。

 

管が4本。

鼻から、二の腕から、手の甲から。そして、下半身から。

 

この下半身のやつ、麻酔中じゃなきゃとてもできないなー。入れる瞬間を想像しただけで、キューっと縮み上がる。尿を排出するための管。

 

手の甲のやつは、例の硬膜外麻酔が入らなかった代用の、術後の痛み止めの点滴らしい。当然、硬膜外麻酔より弱いらしく。

 

「傷口痛いでしょー。申し訳ないね。」

 

いやーでもこんなもんじゃないですか?

 

「いやいやいや、30センチ切ってるんだよ?絶対痛いよ。」

 

そんなやり取りを先生とした。

僕は高校生のときにギックリ腰をやって以来、ずっと腰痛と付き合ってきたこともあって、激痛には慣れているらしい。

 

「明日は早速歩いてみましょうね。」

 

痛いでしょ?と聞く割には手厳しい。

とにかく術後は歩いた方が傷の治りがいいとのことで。

 

管を抜いて、1ヶ月食べてないご飯を食べられるようになるためならば。痛いぐらいなんぼのもんじゃい。いくらでも歩いてやるぜ。

 

 

痛たたたたたたたたたっ。

 

痛かった。

そりゃそうだ。ハラキリしたんだもんね。

-28- 朦朧。

穴だらけの背中を背にして仰向けに寝る。

ドラマでよく見る、大きな丸いライトが目に眩しい。

 

いよいよだ。

 

お腹を30センチ切り開き、15センチの腫瘍を周りのリンパ節や筋肉ごと根こそぎ取り除く。予想以上にがんが広がっていれば出来るだけ取ってお腹を閉じて、後は薬でがんばる。そうなれば恐らくストーマ登場。背中の筋肉と神経を取れば松葉杖登場。

開けてみなければわからない、そんな勝負だ。

 

「はい、では全身麻酔入れていきまーす。」

 

さあ……いよいよだ………!

 

 

「あ、目が覚めました?」

 

……あれ?

…………ここは?

……終わったの?

 

正直、目覚めた時は朦朧としてあまりよく覚えていないが、一瞬の出来事だった。

あっという間に麻酔にかかって、一瞬目を閉じただけぐらいの感覚だ。夢を見るとか何もなかった。

 

場所は回復室だったようだ。

 

ぐわんぐわんに回る視界に、先生が目の前でグッと親指を立てたのが映った。

 

看護師さんに何やら声をかけられ、そのままもう一度寝たようだ。

 

 

…………ん?

 

あ。

奥さんだ。

奥さんがいる。

 

その隣は、親父だ。さらにその隣は、兄嫁さんだ。来てくれたんだ。その隣は母親だ。

…ったようだ。正直あまりはっきり覚えていない。回復室から病室に戻っていたが、大部屋から1人部屋に移っていた。

 

 

後から聞いた話だが、その時僕は、ボーッとしながらありがとうと連呼していたそうだ。

 

しばらくみんなで話していたようで、そして看護師さんを残してみんな病室を出ていった。

 

 

 

お腹のあの位置を探ってみた。

 

何も、付いていなかった。

 

 

 

 

 

 

 

-27- 穴だらけ 其の2。

【硬膜外麻酔】脊髄のすぐ近くにある硬膜に背中から管を入れ、そこから麻酔薬を注入し、手術などの痛みをとる麻酔。術中・術後の痛み止めとして、全身麻酔での手術の直前などによく行われている。

 

 

 

勝負はいきなりやってきた。

 

麻酔医から前もって説明を受けていた、硬膜外麻酔。手術の直前に背中から管を刺して主に術後の痛み止めとして麻酔を入れる準備をしておく。これが、ネットで見ると針を刺すときなかなかの痛さだと評判。

 

手術の痛み止めのための麻酔を刺すときの痛み止めのための麻酔を刺すときが痛いという。

 

何を言っているかわからないかもしれないが、とにかくそういうことだ。

 

背中に注射することってめったにないから、慣れてないってことでも痛く感じるのだろう。硬膜外麻酔を刺す前に、局所麻酔を背中に打つ。この局所麻酔が痛いらしい。

まあ、これまで散々痛いのはやってきた。そうだ。今度、入院中痛かったことランキングを書こう。ブログで書いてないのもいくつかあるし。

 

さっさと終わらせて、手術手術。

先生たちの雰囲気も、硬膜外麻酔は前哨戦にもならないような気軽な感じ。

 

 

世の中そううまくいかないものである。

このセリフ、何度目だ?

 

「はい、背中こっちに向けて横向きになって下さい。そう、そんな感じ。」

 

麻酔医の先生が指示を出す。

若い女性だ。

 

「はい、それじゃ背中に局所麻酔を打ちますね。ちょっとチクッとしますよー。」

 

おお、チクッとする。チクッというか、ズキッという感じ。点滴とか採血の針よりはやっぱりちょっと痛いかな。まあまあ、大丈夫全然我慢できる。

 

「じゃあ、背中から針を刺して管を入れていきますね。ちょっと押される感じがして違和感あるかもしれないですが、ちょっと我慢してて下さいね。」

 

ぷすっ。

とんとんとんとん。

 

局所麻酔してるので痛みはない。

ただ、管を背中の中で押される感じは確かにある。

 

まあこれも局所麻酔してるから痛くはな…………ん?…………ちょっと……痛い?ズキズキするかも。

 

なかなか作業が終わらない。

 

「ちょっと、別の場所探してみますね。」

 

別の場所にもう一度局所麻酔。

痛っ。

 

とんとんとんとん…。

 

なかなか作業が終わらない。角度を変えたりしてグリグリしている感じが背中の中でする。

 

おもむろに先生が院内用のPHSで電話をかけ始める。

少し年配の麻酔医の女医先生登場。

 

「あー。確かにこれ入れにくそうだね。」

「はい。」

 

そんな会話を背中越しに聞く。

 

時間が経ったのでもう一度局所麻酔。

ぷすっ。

痛っ。

 

とんとんとんとん。

 

グリグリグリ。

 

2度程繰り返す。

やはり入らないようだ。

 

年配の女医先生が、おもむろにPHSで電話をかける。

「◯◯先生、手空いてる?処置中?終わったら8番に来てもらうように頼んでくれる?」

そんなやり取りを背中越しに聞く。

 

しばらくして、年配の男性の先生が登場。

 

局所麻酔。

ぷすっ。

痛っ。

とんとんとんとん。

グリグリグリ。

 

3度程繰り返す。

 

「どうも背骨の間が狭くなっていて、色々場所変えてやってみましたが難しいようです。無理矢理入れると危険なので、術後の麻酔は別の方法でやることにします。」

男性の先生が説明してくれた。

 

この時点でもう1時間ばかり経っていたようだ。

 

 

お腹を開ける前に既に背中は穴だらけだが、勝負は始まったばかり。

 

-26- じゃれ合う笑顔。

当日の朝は、6時には目が覚めた。

昨夜は思いの外、よく眠れた。

 

手術の順番は朝一番なので、8時半には病室を出て手術室へ向かう。

 

奥さん、両親、兄が病室に来てくれた。

みんな笑顔だが、目は笑っていない。

 

みんな、ありがとう。心配かけるね。

まあ、ちゃちゃっと受けてきますよ。ここまできたら自分にできることは、何もない。

 

 

ドラマや映画の勝手なイメージで、手術室まではベッドごと移動すると思っていたら、普通に徒歩だった。

 

看護師さんに付き添われ、エレベーターで降りたら大きな部屋に通された。天井が高くて真っ白くて何もない、ただ大きな部屋。自分の他に数人、既に椅子に座って待っていた。

名前を確認され、手術室の番号を告げられる。8番だ。

 

大きな自動ドアをくぐると、一気にひんやりした空気になった。扉に大きく番号が描かれた部屋がいくつも並んでいる。どうやら、1フロア全てが手術室で、さっきの待合室が真ん中にあり、その周りをぐるっと各手術室が囲んでいるようだ。扉や床や壁の雰囲気は、何だか大きな市場の冷蔵庫兼倉庫といった感じ。市場と違うのは、魚の臭いがしないのと、埃1つないのと、手術着を着た人が忙しそうに行き来していること。そして、緊張感で張りつめていること。

 

1番と描かれた扉を左に曲がり、8番を目指す。

 

すごいいっぱい手術室があるんですね。

 

「大体、この朝一番の回は手術室は全部埋まりますよ。終わり次第、次の患者さんが入れ替わりでどんどん手術していきますね。」

付き添いの看護師さんが微笑みながら答える。マスクで見えなかったが、たぶん微笑んでいるはずだ。

 

8番の前に着いた。

しばし待つ。

 

隣の9番に目をやると、白い帽子をかぶった小学校低学年か中学年ぐらいの子が、向こうの看護師さんとじゃれている。笑顔だ。

 

あんな小さな子も、がんで手術するんですね。

 

「そうですね……。」

とだけ看護師さんは言った。

自分も頑張らなきゃいけないなぁ、と思う一方、もし今3ヶ月の長男ががんになったら……自分は果たして平常心でいられるだろうか。小さな我が子を手術室に見送る親の気持ちは…。

 

8番の扉が開き、先生が出てきた。陽気な関西弁の先生だ。

「大丈夫!目が覚めたら終わってますよ。任せて任せて!」

相変わらずの陽気な関西弁で安心安心。

 

 

扉をくぐり、勝負の場へ。

 

 

 

 

-25- 前日。

「おへそ、キレイですね〜。」

 

そうですかぃ?

 

たとえどんなところでも、看護師さんに褒められれば悪い気はしない。たとえおへそでも。

お腹を切るので、手術前におへそを掃除してくれた。

 

ストーマの位置をマーキングしますね。」

 

下腹部にペンで印が付けられる。

 

「ほんとに付けるかどうかは別にして、手術前に一応位置だけ決めとかなくちゃいけないんです。」

 

そうなんだけど、いい気持ちはもちろんしない。

手術直後、体動かせないし麻酔で朦朧としているだろうけどお腹を触ってみてストーマが付いていたら…。

 

ま、それはそのとき考えよう。

 

手術の前後の過ごし方とか準備について、看護師さんから説明を受ける。

手術前日は絶飲食。それはもうほんと大丈夫です。

手術翌日から歩く練習。なかなか手厳しいですねぇ。

それよりも何よりも。

術後様子を見て食事開始。これね。これさえあれば、何でも耐えられるぜ。

 

全身麻酔だから、目が覚めたら全部終わってますよ。あっという間ですよ。」

 

 

 

髪を切ってきた。病院の中にある美容院で。

目の前の大きな鏡には、鼻から管出してる人が髪切ってる。なかなかシュールな絵だ。

 

 

前日の夜。

消灯前に歩いてみた。

 

背中の筋肉と神経を意識しながら歩いてみる。人間の体ってのは、よくできてるんだろうけど、脆いもんなのかもなぁ。

明日手術終わったら、松葉杖かもしれないのか。そうなったら、普通に歩けるのはこれが最後だね。

 

-24- 生きてるだけで幸せ。

「小腸の終わりの部分に、腺がんが原因の大きな悪性腫瘍ができています。回盲部にも炎症があるので、がんそのものだけでなく、この周辺を根こそぎ取り除いて、小腸と大腸を繋げます。がんに近いリンパ節は必ず切除します。かなり大規模に取り除くので、30センチぐらいはお腹を切ることになりますね。」

 

ナースステーションの隣の面談室。

先生がCTの写真を指差したり絵を描いたりしながらゆっくりと説明してくれているのを、僕、奥さん、父親の3人は写真と先生の顔を交互に見ながら頷く。3ヶ月の息子は母親と一緒に車の中でお留守番。

 

「手術前の説明は、厳しいことも伝えなくちゃいけないもので。これから話すことはあくまで可能性があるってことですが、聞いておいて下さい。」

 

「腫瘍の場所はわかっていますが、細かいがんが実際どう広がっているかは、お腹を開いてみないとわからないところがあります。」

「懸念されるのは、がんが小腸から見て体の前の方や、小腸の他の部分に広がっていた場合です。手術で取りきれない程散らばっていたら、残念ながら取れるものだけ取ってお腹を閉じて、あとは薬で何とかしていく治療に移ることになります。」

「それから、散らばり具合によって取り除く場所も変わるかもしれません。そうすると場合によっては、ストーマを付けることになるかもしれません。」

「あと、どうもCTで見ると背中の方まで腫瘍が達しているかも知れません。そうなると、背中にある筋肉や神経も一部切除します。その場合、歩行するのに支障が出て松葉杖になるかも知れません。」

 

松葉杖になった場合、リハビリすれば元に戻るんでしょうか。

 

「手術して切り取ったものは、元に戻ることはありません。切り取った筋肉は元通りにはなりません。厳しいようですが、手術とはそういうものです。」

 

「長い絶飲食やイレウス管にも耐えてくれて、ご本人はとても頑張ってくれています。我々も全力であたります。もう一息、一緒に頑張りましょう。」

 

先生は変わらず、力強く握手をしてくれた。

決して派手な印象はない先生だが、言葉も握手も力強い。自分のことを手術屋と言って、がんの外科治療に対して自信に満ち溢れているが、全く嫌みな感じはない。任せてよいプロだ。

 

 

つまりは開けてみないとわからない要素が多いということだ。不安は不安だけど、ここまでくると悲壮感はなくなってきた。どのみちこのままじゃ死ぬのを待つだけなのだから。やってやるしかないじゃない。

 

ただ、やっぱりストーマや松葉杖は……。

もしそうなったら、気持ちの整理をつけるの大変そうだな。生きてるだけで幸せだ、というのはもちろんそうなんだけど。

 

"生きてるだけで幸せ"って、健康な人がよく言うセリフだなぁ。一生モノの何かを背負った人が言うには、大きなものを乗り越えた後でなければ、とても言えないセリフだと、今思う。

 

 

 

-23- 味。

朝、必ず回診がある。

 

カーテンをシャッていきなり開けるので、油断していると危ない。

 

「絶飲食、どうですか?」

 

どうですか、って言われてもなぁ…。

 

いやー、キツいです。でもまあ、もう慣れましたよ。

 

「そうですねー。もう1ヶ月になりますもんねー。キツいですよねー。」

「それじゃ、飴玉はオッケーにしましょう。」

 

……え?

 

今、何と………?

 

「喉渇いちゃうかもしれないからほどほどですけど、飴玉ならいいですよ。水は絶対飲まないように気をつけて下さいね。」

 

…………え?

 

ほんとですかっ?

 

「ほんとですよ。」

 

 もっと早く言ってよっ、とは思わなかった。

先生がカーテンを閉めるや否や、下の売店に行く準備を始める。

 

 こんなに希望に満ちた気持ちで、病院の廊下を管だらけで点滴引き摺りながら歩くことがあろうか。

 

どれにしようかな〜。

 

こんなに飴をウキウキで真剣に選んだことがあろうか。

 

ベッドに戻り、袋をガサガサ。

 

え、いいんだよね?口の中入れていいんだよね?後からやっぱりダメでしたとかないよね?

 

オレンジ味の飴玉、ドキドキしながら口に運ぶ。

 

…………………………!

 

味だ………。

味がある…………。

 

こんな素晴らしいことはない。何味とか関係なく、味があることだけで素晴らしい。1ヶ月間自分の唾の味しか味わってなかったのだから。

飴玉1個をこんなに美味しいと思うことは後にも先にもないだろう。

気がつけば引き出しの中で飴の種類が増えていっていた。

 

 

 

 

手術の日が決まった。

先生がかなり無理してスケジュールを融通してくれたらしい。

この日から1週間後の朝一番。 

-22- とあるおじさんの苦悩。

「昨日の検査の結果が出ましたよ。他に転移はしてないです。大丈夫、手術できますよ。」

 

 あぁ…     よかった…。

 

ありがとうございます。よろしくお願いします。

 

「小腸から離れたところには転移してないけど、小腸と大腸の周りにはがんがいくらか広がってるようなんですわ。目に見えるがんは根こそぎ手術で取っちゃいますわ。ただ、お腹開いてみて、どう広がってるかでちょっと状況変わることはあるかもしれんですけど。」

 

関西弁の陽気な口調で五寸釘を刺してきますなぁ。

 

全て任せると決めてこの病院に来た。

 

お任せします。と一言だけ言った。

 

「我々も全力でやりますから。がんばっていきましょ。」

「また後日、ご家族交えて手術の詳しい説明しますから。」

 

 

 

 

ベッドが移動になった。

大部屋でも、景色のよい窓際は差額ベッド代が1日5600円かかる。最低限の医療保険しか入ってないにわか管理職の自分には痛い出費だ。看護師さんにお金がないことを超遠回しに伝えたら、全て察してくれて差額なしのベッドに移してくれた。たまたま空きが出たようでラッキーだった。しかも同じ部屋の斜向かいのベッド。

 

僕が元いたベッドにはすぐ入れ替わりで新しく入院してきた患者さんが入ったようだ。

カーテン越しで声しか聞こえないけど、声が大きくて元気な患者さんだ。

 

次の日の夜、看護師さんの困った声が聞こえてきた。

その患者さん、採血と血糖値の測定をやりたくないとお怒りの様子。医者の説明が曖昧で、がんなのかどうかわからない、信用できないから採血もやらせない…ですって。

まだ検査の結果が出てないようだから、そりゃ医者は軽々しくがんですとは言わないと思うんだけど…。でもね、気持ちはわかる。わかるよおじさん。たぶん同室の他の二人もわかると思う。

 

不安なんだ。

不安で仕方ないんだ。

 

まさか自分が。何で自分が。

 

この病院に来たということは、ほぼ間違いはないのだろう。看護師さんに、自分は今まで暴飲暴食もしないで健康に気を遣って、まじめに生きてきた、って訴えていた。おじさんは夜中何度もうなされて起きてた。

 

 

告知を受けるまでには、覚悟を決めておくことにしよう、おじさん。

看護師さんも、困ってるから。

 

 

 

 

-21- トモダチ。

さすがの専門病院。内視鏡検査だけを行う大きな病棟がある。

点滴とイレウス管を引き摺りながらフラフラしばらく歩いて移動。大腸カメラはここのところ週1ペースでお尻に入れていたので、綿棒でも耳に入れるかのような気楽さだった。

 

世の中そううまくいかないものである。

 

なんか、前の病院のより、太い…?

太いような気がする。あ、苦しいかも。うん、これ苦しい。

 

ぷすーーーっ

 

空気が抜ければ楽に…     ならないな、これ。

いや、僕は大腸カメラにプライドを持っている。大腸カメラはトモダチだ。耐えてみせる。

 

あの、あとどのくらいかかります?

 

「ちょっと長めに見ていきたいんで、あと20分か30分ぐらいですかね。もう一人先生が後から来ますし。」

 

げっ、30分?!

 

…………。

 

トモダチが牙を剥いてきたら、どうすればいい?

 

………………。

 

これまでどんな検査のときも色々と何かを捩じ込むときも、麻酔は一切使わなかった歴史の重みを噛みしめつつ、その重みをかなぐり捨てることにした。

 

あの、ちょっと30分は無理かもしれないです…。

 

「じゃあ、麻酔しちゃいましょう。」

看護師さんがササっと準備して、手早く注射を打たれたと思ったらもう寝ていたようだ。どんだけ麻酔が効きやすいんだ。目が覚めたらもう終わっていた。あらやだ、何だか恥ずかしい。

こりゃ手術のときも麻酔は問題なさそうだ。

 

 

 

 

相変わらず不安はあった。

 

前の病院では、リンパ節は腫れているが今のところ、見た限り、転移はしていないと言われた。

この病院のCTは最新式だという。しかもCTも大腸カメラも、がんに長けた何人もの医者が転移していないか全力で見てくるわけだ。

 

そしたら、見つかっちゃうんじゃ……?

 

いや、転移してるなら見つからなくちゃいけないんだけど、それはそれで恐ろしいことであって…。

 

 

次の日の朝、先生が病室に来た。

 

 

 

 

 

 

-20- 握手と陽気。

大都会のど真ん中だった。

 

高層の窓から見える景色は、およそイメージしてきた病院のそれとは似つかわしくない豪華さだった。

 

「話は前の病院の先生から聞いてますよ。一緒にがんばっていきましょうね。」

 

 

握手が印象的に力強い先生と、陽気な関西弁の先生の2人が担当になってくれた。

プロフェッショナルとは案外こういう性格の人なのかも知れない。自分も仕事復帰できたら、お客さんに力強く握手するか陽気に話しかけてみようか。

 

「入院初日から申し訳ないんですが、早速これからCT撮りますよ。一応画像は前の病院から貰ってるけど、隅々まで調べるから。ウチのCTは日本で最新式だからね。バッチリ見ていきますよ。」

「どういうとこ見ていくかというと、他にがんが飛んでないかどうかを重点的に見ますよ。」

 

大部屋の病室で、大声でがんがどうこうの会話ができるのはさすががん専門病院。普通の病院じゃそうはいかないよなぁ。

 

えっと、もし、もし転移が見つかったら…?

 

「手術の方法が大幅に変わるよね。手術で取れないようなところに万が一飛んでたら、辛抱強く治療していかなきゃいけないこともまあ、ありますね。」

 

さすがに、ハッキリと患者に言う。

 

「そのイレウス管と絶飲食がほんと辛そうだから、どっちにしても手術して管取りましょ。ご飯も手術したら食べられるようにすぐなるから。手術は今スケジュール調整してるけど、とにもかくにもCTと大腸カメラで調べないとね。」

 

早くも先生に後光が見え始めましたよ。

管と絶飲食。これがなくなるなら、何にでも耐えますよ。

 

 

ところでCTなのだが、実のところ前の病院で撮ったとき撮りながら吐いてしまっていた。

イレウス管が突っ込まれた直後に造影剤入れたのがマズかったのか、豪快にやってしまった。何も食べてないから大惨事にはならなかったけど。これまで健康診断とかでも、造影剤は苦手だった。気持ち悪くなっちゃうんだよね。

 

一応その旨看護師さんと技師の人に伝えた。

そしたら、過保護過ぎるぐらい色々気を遣いながらやってくれた。すいませんねほんともう…なんか申し訳ないです。

でも造影剤入れるために刺した針がその日1日刺しっぱなしだったのはご愛嬌。

 

 

看護師さんはみんな若くて優しくてかわいい人ばっかり。この病院の特殊性考えると、ちょっと意外。みんなこう見えて、修羅場くぐってるだろうな。こんな病気ばっかりだと患者さんも色んなこと考えちゃうし色んな人いるし、色々ありそうだろうに。

 

 

大部屋の4人のうち、自分含めた3人が絶飲食のようだ。隣のベッドのおじいさんは明日手術らしい。真ん前のベッドのおじさんは術後の予後がよくないらしい。斜向かいのベッドのおじさんは明日退院らしい。カーテン越しでもどんどん情報は入ってくる。明日手術のおじいさんは、長い期間かかって遠くから出てきて、ようやくこの病院での手術を明日やれることになった。よかったねぇおじいちゃん、と娘らしい人が声をかけている。

まあがんになった時点でよかったねも何もないけどね、と、長期の管と絶飲食で卑屈になった隣のベッドの新参者が心の中でひねくれる。

 

でもその後徐々に、あぁ、この病院来れてよかったなぁと、このひねくれ者も思うようになっていくのだった。

 

 

 

さ、明日はここ最近で3回目の大腸カメラ。

もう慣れたもんですぜ、とお尻の穴も言っている。